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浦和レッズ・悲願のリーグ優勝

 

  2006年12月2日、さいたまスタジアム2002、J1最終戦、浦和レッズ対ガンバ大阪の試合の後半ロスタイム、僕はどういうわけか、ビデオのスイッチを押してピッチを映し出していました。歴史的な瞬間を自分の映像で残したかったからでしょう。しかし、それが仇となって、つまりカメラの操作に気をとられて、優勝が決まった瞬間の喜びを爆発させることができませんでした。つくずくアホだなと思いました。

 ガンバに先制されたときは、どういうわけかいつもと違って、体が動かなくなるような感じで、応援の声も出なくなり、本当に萎縮してしまった自分がいました。しかし、ロビー(ポンテ)が6分後にゴールを決めてくれたときに、本当にホッ!として、肩の力が抜けて、のびのびと応援できるようになりました。こんなのは初めてです?!

 1993年、駒場競技場(現駒場スタジアム)、芝生の席で応援したのがレッズとの付き合いの始まりでした。次の年に、やはり駒場で鹿島アントラーズに目に前で優勝を決められ、本当にくやしい思いをしました。おらが町のプロサッカーチーム、それも「浦和」というサッカー所のチームが「弱い!!」というのはなんとも耐えがたく、とにかくJリーグで優勝争いをするチームになってほしいと心から願っていました。
 
 森、横山、オジェック、原、チッタ・・・、いろいろ試行錯誤を繰返し、オフトに行き着き、ようやくチームとして基礎を築き、補強をして、やっと戦える集団になりました。ギドの現役時代のプレー・精神と闘莉王の頼もしさがダブリます。ギドが闘莉王に「いっしょに優勝して歴史を作ろう!」と連れて来たのが大きかった。これでチームの核ができました。
 
 そして、アレックス、ポンテ、ワシントンとレッズの弱かったポジションを補強しました。もちろん生え抜きの山田、岡野、内館もチームの結束には欠かせませんし、山岸、都築、坪井、堀之内、啓太、長谷部、平川、達也、永井らは戦力としてレッズには欠かせません。そこに伸二や相馬、黒部の入団が刺激になり、酒井、ネネなどの戦力が、空きそうになった穴を埋めてくれました。

 ただいい選手が集まっただけではなく、勝つために闘う集団になったこと、チームとしてやるべきことがハッキリしたことが大きかった。それを実現させるために、前社長犬飼さんや中村GM、ギド、ギドを支えたエンゲルスコーチとスタッフが働き、ずっと応援し続けてきたサポーターやファンの人達が熱い気持ちを持ちつづけました。この優勝はそういうすべての人達の気持ちの結晶だと感じています。

 優勝の決まった次の日、家で前日録画したレッズの試合や番組をゆっくり観ました。昨日祝勝会でみんなで飲んだときは喜びで叫ぶばかしでしたが、じっくり観て振り返ると、涙が出てきて止まりません。僕は鈍感なのか、やっと優勝の実感が湧いてきたみたいです。毎日の生活の中で、いろいろ大変なこともありますが、応援できるチームがあって、ともに喜びを分かち合えることができることは幸せなことだと感じます。

 この先、監督が変わり、選手の移籍もあったりするでしょう。そして来年ACLで消耗して、成績がうまく伸びない時期もあるかもしれません。でも、これだけの応援をもらえるチームは次への戦略、成長をもうすでに目論んでいるでしょう。僕らはそれを応戦し、サッカーを楽しむだけです。勝つことと内容は別かもしれませんが、今度は「観ていて楽しい、ワクワクするようなサッカー」も見せてほしいものです。それが次のステップ、アジア、世界へとつながるのではないでしょうか。

    


優勝を祝う看板を掲げた川上薬店前